各方面で活躍する青学の卒業生にいろいろお話を伺うこのコーナー。
今回は落語家で今年5月真打昇進を果たした三遊亭遊史郎さんです。
|
 |
|
三遊亭遊史郎 本名:富崎十郎
1967年神奈川県横浜市生まれ。
1991年大学在学中に三遊亭小遊三に入門
1992年大学卒業
2005年5月に真打昇進
趣味:プロレス観戦・演劇鑑賞 |
――落語家を志したきっかけは?
子供のころからお笑いが好きでよく見てたんです。ちょうどお笑いブームなんかあって憧れてて。僕のころはビートたけしさんが人気があって好きで。
で、青学に入った時に落語研究会に入りまして、ま、これもお笑いの一種だなって。それまではぜんぜん聞いたこと無かったんですけども、大学の落研入ってから落語聴くようになって、芸人ていう選択肢もいいなと思ったんです。漫才とかコントとかは、相方を誰か見つけなくちゃいけないけど、落語は一人でやれるからいいなと(笑) 。
就職活動なんかもしてたんです。芸人になるような人間はやっぱり普通の人間とは違う、まともな人間がなっちゃいけない商売だと思ってたんで。結構自分には無理かな、就職して社会人になろうかなと思ってたんです。
それであの、ある会社から内定をもらいまして。入社前研修っていうのがあって行ったんですね。で、そこでうけたのがチームワークの練習をしましょうみたいな研修で、それでちょっといやになっちゃって(笑) 。なんかもう、こういうことやりたくないなと思ったんで。やっぱここでも、一人でやりたかったんでしょうね。
それで研修から帰ってきて、あ〜、会社も大変そうだと、どっちも大変なら、じゃあ好きなほうで大変なほうがいいだろうと思って。それで、じゃもう噺家になろう、というところですかねえ。
――そもそもはどんな子供時代を過ごしていたのですか?
お笑いとかそういうの好きだって人は、あんまりこう、家庭とかが、そういう笑いにあふれた家じゃなかったから余計に、お笑いや演芸なんか好きになったと思うんですよね。
それに、芸人とか志す人ってのはどこか普通でないとこがありますよね。楽しいこと、幸せなこと、おかしくて笑っちゃう、っていうのがいっぱいある人は芸人になれないと思うんですよ。
うちなんかは、別にまあ、そんな悪い家じゃなかったですけども、家族とどうも話が合わない、折り合いが合わない、気が合わない。
それで…なんだろう…静かな引きこもりとでもいいますか(笑) 、人が気がつかないような、そういう生活してました。でもなんか面白くないな、違うな、っていうのはあって、それでお笑いの世界に憧れていった、ってところはありますね。
――そして青山学院大学の英米文学科に入学しますが、そこを選んだ理由は?
高校時代はどの大学がどうか、とかって全然知らなかったんですよ。
で、青山学院っていうと、サザンオールスターズの桑田佳祐がいた学校だなってイメージで…それだけ (笑) 。サザンのメンバーがみんな青山学院で、青学の学園生活はこうだった、みたいな本を読んでたんで、大学ってのは、こんな風に、なんか自由で面白いのかな、って。それで、じゃあ、青山学院にしようかなみたいなところがあって。
現役で受験したときにね、専修大学だけ受かったんですよ。で、どうしようかとも思ったんですけど、あそこは試験受けに行った時に、ものすごい坂が多くて (笑)、ダメだなあっていうのと、長州力が専修大学出身で、長州と同じ学校ってのもなんかやだなって(笑) 。
それで浪人しまして、次の年に、ま、正直なとこ青学だけ受かったんで、まあ青学行ったっていうのが (笑)。
英文科も、まあ、英語が得意だったんで。でも、英文科入ってみたらもう、クラス中の人、女の子とかがみんな、どこどこ留学してたとか、アメリカに憧れてる人とか、そういうのばっかりだったんで。僕は別にアメリカに思いいれもまったく無いし、英文学が好きだったわけでもないんで、まあ、ほんと、たまたま入学するのにねえ、英語の配点が多かったってのが、受験で英文科のほうが有利だなあ、と思って入ったぐらいで…
――大学では落語研究会に入部するわけですが、落研に入ったきっかけは? ちょうど勧誘活動をしてて『あなたもたけし・鶴太郎になれる』みたいなのが書いてあったんで、おー、いいんじゃねえか、と思って入りました。
そこでは、実力を発揮して、副会長になりました。落研入って、部内でのコンテストみたいなものに優勝したりとかで、ちょっと頭角を現したみたいな感じで、自分にはそういう方面の才能があるんだな、よかったなって思いましたね。
――落研での一番の思い出というと?

昨年の大学同窓祭で落語を演じる遊史郎さん |
やっぱり、お笑いのサークルだし、自分に合ってたし、何もかも楽しかったですね。
その落研の活動しているときに、今の師匠の小遊三にも会いましたし、今でもお付き合いしている方々との出会いもあったんで、落語研究会の4年間、ま、5年間なんですけど (笑)、で、現在の基盤を築いたな、っていうところがありますね。小遊三の事務所の社長が落研のOBだったんで、そこ通って小遊三に紹介してもらって入門しましたし。
だから今まで、学校とか家とか、狭い世界で生きてたのが、落研入って、いろんなとこ行って、たとえば学園祭で鶴光師匠頼んだことがあったんですけども、ニッポン放送行って出演交渉したりとか、そういうねえ、今までの活動の幅より全然広くなって、それは楽しかったですね。
――その後小遊三師匠に入門し落語家となりますが、前座時代のことは覚えていますか?
噺家になって何が緊張するかというと、まず、自分の師匠に対してなんですね。弟子は師匠に「お前首だ」と言われたらそれでおしまいですから。だから、自分の師匠というのがとても緊張する存在で。
あと緊張するのは、楽屋に行きますと、例えば大学のサークル、落研とかだと、先輩が来ると緊張しますよね。それが、3年生、4年生まで。ところが噺家の世界は20年生、30年生、40年生がいる。だから、楽屋っていうのはとてつもなく緊張するところなんですよ。
それで、楽屋でどういう風に接していいか、動いていいかがわからなくて緊張してたんで、高座出て噺やるときは、別にそんな緊張しなかったですね。だから「こいつは客前のほうが落ち着いてるじゃないか」っていわれたくらいで。かえって、落語しゃべってるときが一番、安心できるみたいなところがあって。楽屋戻るともう、とりあえず緊張してなきゃいけないみたいな。もう、客前で落語しゃべっているほうがのびのびとして (笑)。
――今の遊史郎さんの得意なネタというと
寄席での一席。後ろの幕は落語研究会OB会から贈られたもの |
自分がやってて気持ちよく喋れるのは、若旦那の話。道楽息子―金もあって裕福で、お父さんが大きい商売しててその息子で2代目だから遊び歩いてる―みたいなそういう役。まじめに働いてる親父は馬鹿だねえ、っていう。
そういうふうなことを喋るジャンルってあんまないと思うんですよ。ちゃんとしなくちゃいけない、とか、立派になんなくちゃいけない、みたいなことを言う人はいっぱいあると思うんですけど、落語っていうのは、あくせく働いてるやつは馬鹿だねえ、楽にたのしくやろうじゃねえかっていう。それで罰があたるわけでもなんでもなく、たのしく終わる、っていうのが落語の面白いところであって。
全然勧善懲悪とか、道徳的なところがない。その面白さがあるんで、若旦那ものとか結構好きですね。そういうジャンルって他に無いと思うんで。
――落語の一番の魅力ってなんでしょう?
やっぱりあの、想像力を働かせる、というところだと思うんですよ。
ちょっと難しい言い方をすると、いま、物質文明というのはかなりもう行くところまで行き着いて、大体なんでも欲しい物は手に入る、見たいものは見られる、インターネット覗けば大体なんでも情報は手にはいる、っていう時代。じゃああと何が、本当に見たことが無い、自分にぴったりのものが見られるか、手に入るかっていうと、それは頭の中で作り出すものが一番だと思うんですよ。
で、落語っていうのは、お客さんが自分の頭ん中で場面を想像して楽しむものなんで。だから感性の鋭い人・豊かな人はその噺を聞いて、ものすごいすばらしい光景を目に浮かべてすごい体験をすることができる、そこが魅力だと思いますね。
どんなすばらしい芝居のセットなんかよりも、それ以上のものが頭の中にできあがることがあるんでね、時として。その話の呼吸と自分の感覚がピタッとあったときに。
チケットも安いですしね。普通のお芝居やなんかを見に行くと何千、何万円とするところを、 二、三千円くらいで、そういうすごい物語を体験できたなあと。
落語はお客さんのそういう感性に任せているところがありますからね。で、舞台の上っていうのは、座布団の上に着物を着てる人が座って喋ってるだけですから。
だからいかにお客さんの頭の中に物語を想像させるような喋り方をするか、ってのが噺家の腕の見せ所で。そういうふうにお客さんと演者と両方で作ってく、っていうのが、落語の特徴であり、魅力だと思いますね。
――そして今年5月に真打昇進しました。今はどんなお気持ちですか?

4月に行われた真打昇進パーティーより
隣は 三遊亭小遊三師匠 |
お客さんがね、すごいねって言ってくれるんですよね。
なんかすごいことだと思ってくれるみたいで (笑) 。それは落語だからであって、漫才とかコントとかそういう道でやってたらそういう昇進制度は無いわけですから。
だから、落語家さんはいいな、ってよくうらやましがられますね、他のジャンルの人からは。パーッ、ってスポットライトが当たってやらしてもらって、っていう。それは本当に、真打になってよかったな、っていうのは実感してますよねえ。
こんなふうに取材にも来てもらえるわけですし(笑) 。一介の漫才師だったらこんな取材もこないで終わってたかもしれないし。
逆に言うと、ものすごいスポットライトを当てていただけるんで、そこで、お客さんに、あ、こんなもんかって思われちゃったら、そこでその人は終わりになっちゃいますからね。
「お、こいつはなかなかいいじゃないか」って思ってもらえるにはどうしたらいいか、っていうところで大変な、まプレッシャーも当然ありますし、ここで一つ名前覚えてもらって、これからどんどん良くなっていく姿を見せていければね。
ま、自分へのね、期待と不安と、両方。やることをやって、ここで見せなくては、っていうところですね。
――最近落語がドラマなどの影響で若者の間で注目が集まっていますが、どう思っていますか?
やっぱりあの、今はなんでも情報で取り入れられるんで、今の若い人はひととおり世の中見て、もう大体わかった、お笑いはこんなもんだ、世の中大体そんなもんだろ、って思ってる。そこで、じゃあ落語ってなんなんだ、っていうと、座布団の上でおじいさんが駄洒落言ってるぐらいだろうと。そんなもんだろうと思ってると、いや、もうちょっと奥深いものがあるよ、っていうところにスポットライトが当たってきたんでね。
だから…落語って受け取り方、受け取る過程によって、いかようにでも、100人いれば100通りの解釈がある。お客さんが頭ん中で想像して作り上げるものなんで、そういう点で、今新しく感じてもらってると思うんで。
だから良かったと思いますよ、一番最後で。お笑いブームがちょっと前に来てて、それが一段落しちゃうと、もうわかったよ、お笑いは大体こうでしょ、っていうところに落語がきて。落語はまだ見切られてない部分があったんでしょうね。
で今、スポットが当たってるんですごいありがたいですけども。うん。
落語って、地味な分、廃れるのも遅いと思うんですよね。今流行った漫才、コント、とかよりはじんわりいくと思いますよ、まだ。
――では、大学生に見てほしい落語の面白さ、ポイントというと?
さっきも言ったけど、全然道徳的でないところ。
青山学院ていうのは所謂ミッション系の学校で、先生方がこうですよこうですよ、ってお説教してくれますけども、全部が全部そうじゃない。普通の生活は先生方の言うありがたい説教とは違う。現実はこうですよ、っていうところを描いたのが落語なんで、青学の学生にはぜひ聞いてもらいたいですね (笑) 。
落語家らしく、所々に笑いを交えてインタビューに答えてくれた遊史郎さん。青学出身の落語家としては三遊亭楽太郎師匠以来となる。
しかもドラマ「タイガー&ドラゴン」や林家正蔵襲名披露など、落語界が話題になっているこのときに真打昇進するというすごい強運の持主だ。
今までは落語というと、年寄りくさい、古くさいなどと思っていたが、ドラマなどで最近落語に興味をもった、という人も多いはず。遊史郎さんも語っているように、落語は庶民の生の声がそのまま出ていて面白い。江戸時代の話でありながらも人間関係や感情などは現代にも通じる、本当に奥深い物語だ。
皆さんも、ぜひ一度遊史郎さんの生の落語を聴いてみてほしい。
公式サイト 三遊亭遊史郎の楽屋
|