青学発世界へ ― バレー部・川上佳奈 海外への挑戦
 
 
 

 

昨年度のバレー部の2枚看板、
内田暁子(左)と川上佳奈(右)

 数ある青学体育会の中でもここ数年安定した実力を発揮しているのが女子バレーボール部。一昨年の5冠は言うまでもないが、昨年度も優勝2回、全日本インカレ3位とそうそうたる成績を残している。
その中でも4年間、攻守の要としてチームを牽引してきた2人が今春大学を卒業した。

「攻」の要、昨年度のキャプテンも務めたウイングスパイカー内田暁子は1年先輩のセッター、秋山美幸もいるVリーグチーム『NEC レッドロケッツ』へと進路を決めた。すでに内定選手としてVリーグの試合にも出場し、結果を残している。正式入団した今後、より一層の活躍が期待される。

そしてもう一人、「守」の要、リベロとして青学コートを守ってきた川上佳奈が次の進路として選んだのはなんと『海外への挑戦』。野球やサッカーなら例はあるが、大学バレー界では初めてともいえるケースではないだろうか。
多くの日本チームからオファーがあった中、川上がどういう経緯で、何を考えて海外を選んだのか。 青山スポーツのバレー番記者、石井萌さんがリポートしてくれました。


 

砕かれた想い

海外への挑戦は、実は初めてではない。最初に目指したのは、高校生のときだった。

「言葉が分からなくても、ボール一つで心が通じるんだ」高校時代に全日本ジュニア選抜チームで経験した国際試合。外国選手と触れ合う中で味わった感激を、今でもはっきりと覚えている。

出身は名門・共栄学園高。3年時に全日本ジュニアで出場したアジア選手権ではリベロ賞に選ばれ、引退後も選抜合宿で大忙しだった。
「あの頃の私は、自信満々だった。気持ちもふわふわしていたし」元々人と違うことをするのが大好きな気質も手伝い、「高校卒業後は海外でバレーをしよう」と決意。人づてに、いくつかの海外チームへアプローチした。

しかし、すぐに厳しい現実にぶち当たる。用意した自己アピールはことごとく跳ね返された。
「『 18 歳の子どもが何言ってるんだ』って」
日本人プレーヤーとしてすら、未熟だと見なされたのだ。

悲しみに暮れるも、時間は待ってはくれない。全日本ジュニアの世界選手権へ出場するためチャレンジリーグに籍を置き、仕事と練習を両立する日々が始まった。

だが、ここでも悪夢に襲われる。世界選手権が、SARS流行のため中止。
「知らせを聞いた直後、トイレで大泣きした。この6カ月間は何だったんだろうって」失意の中、川上はチームを去った。

 

決意を新たに

 その後、半年間予備校に通って青学大への入学を決めた。
「最初は、部活を4年間続けられるか不安だった」バレー抜きで考えても海外生活へのあこがれは強く、その準備にも時間を使いたかったからだ。

中でも頭を悩ませたのは、語学留学だった。しかし、
「生瀬監督はチームを空けることも理解してくれ、それでもバレー部に置いてくれた。そんな監督のもとで、4年間がんばろうと決めた」
大学2年の最後には全日本大学選手権で青学大が 17 年ぶりに優勝し、自身もリベロ賞を獲得。大学日本一のリベロへと上り詰めた。ハードスケジュールの合間を縫い、語学留学も実現。忙しい中でも充実の日々を送っていた。

 
2年次には全日本インカレで優勝。 この後3,4年時には各大会でリベロ賞を獲るなど活躍が目立った。

 

背中押す一言

「カナ ( 川上 ) は、海外でバレーしないの?」いつしか頭の隅に押しやっていた『夢』。想いを呼び起こしたのは、横手直子コーチの何気ない一言だった。

ヨーロッパから一目を置かれる日本の守備力。しかし、今の自分では届かないと思っていた。「周りから、挑戦できるレベルだと見てもらえていることが嬉しかった」青学大女子バレー部OGでもあり、海外でプレーすることを目指していた経験もある横手コーチ。
「私がカナと同じ状況なら、絶対に挑戦する」 ( 横手コーチ ) 。その言葉で、心は決まった。
信頼する先輩に背中を押されたのが、 07 年度春リーグ中のこと。「やろうと決めたら、すぐしないと気が済まない」夏の終わりには、エージェント探しに乗り出していた。

 
横手直子コーチ:青学大時代に川上と同じくリベロとして活躍し、卒業後Vリーグ日立佐和に入団。Vリーグでも高い評価を得ていた。
一時期は本気で海外移籍も考えていたという。

 

「高校生のときは何も具体的に動いていなかった。それなのに、『もう無理なんだ』と決めつけて。今度はとにかく、できることは全部やろうと思った」英語で履歴書を書き、海外でバレーを教える指導者に連絡を取るなど思いつく限りの手を打った。

行動は、実を結んだ。第一関門であるエージェントとの個人契約が成立し、プロチームのトライアウト挑戦権を手に入れたのだ。それだけではない。試合のDVDや資料を見て、フランストップのプロチームが『川上佳奈』に興味を持った。

 

いざ、欧州へ

まずは4月から1ヶ月半、契約の決まっているスイスとフランスのチーム練習に参加し、よりハイレベルなチームのトライアウトへも挑戦する。
「これまでは青学大というチームに守られてきた。これからは、一人の人間として戦わなければならない。今は不安の方が大きい」
未来に待ち受ける未知の世界。しかし、ただ漠然と海外に憧れを抱いていたあの頃とは違う。5年間という時を経て、再確認した本当の気持ち。『不安』という単語には似合わない程、その表情に迷いはない。

「もしも一つ、夢が叶うなら――」。くるりと瞳を輝かせ、天を仰いだ。「ヨーロッパリーグで、リベロ賞を取りたい」。日本で描いたその夢は、欧州へ一歩を踏み出すこの春『目標』へと姿を変える。そして、精一杯に生きる毎日の中で、『実現』へと近づくのだろう。

バレーボールという競技を通して、人の何倍も濃い人生を歩んできた。「でもね」、と笑う。「まだまだ、ここまでは序章。 To be continued !」。そう語って去っていく背中に、異国の地で躍動する『Kana . K』のユニフォームが映った。

  
4年間大学バレーでリベロというポジションのトップをひた走ってきた川上選手。
近い将来その雄姿が海外で見られることを期待したい。

 

 

 

 


 2008 vagu.net